僕は1980年頃、Analog・SynthesizerMS-20に出会った
当時は、Rock狂いで、Analog・Synthesizerの音を『何ぞやこの音は』『Rockに使えないか』だった
当時『雷電』(ライディーン)を楽曲、楽曲した音楽は、僕で無い人に奪われたが、僕は毎回、30人程の小さなConcertで生計は立てていた。
ROLAND社が付いてくれる予定だったが、空しく付いてくれなかった。後から聞いた話、僕等は単に『Y.M.O』そっくりさんでしかなかった
しかし今となって、30年は経ち印税は入らない。ただ、さっくりさんでも『YouTube動画』のお金は入ってくる。それも減ってはいるが・・・
Synthesizerも会社が付いてくれなかったので、当時は自作Synthesizerを作り苦戦していた。まだ、恒温槽型Transistorは手に入った。CA3080Eもまともだった。
だから、自作でもSynthesizerModuleはしっかりしていた
当時の物もStudioに持っている
僕はSynthesizerの稼ぎで稼いだ訳では無い
分け合って建築に走り、バブル崩壊前まで、建築でボロ儲けをしていた
『バブル崩壊』いっぽーうのニュースで土地建物は売りに出した
まだ会が付いてくれたので、今食べていけるだけのお金には成っている
何処にAnalogSynthesizerの魅力があるか僕には解らない
Digital・Synthesizer(Analog・Modeling・Synthesizer)の方が、音質は良いし小さくて済む
僕は、ROLAND社では当時JUPITERを作ったお爺さんに作り方を教えてくれといったら『自分で考えて作れ』と言われた。その通り、自分で学んで作った
Digital・Synthesizer、SD-90と言う物を作ってみた。そしたらこれをPro用にしてくれと言われた。その儘、『Pro用JUPITER』へ、自分でも欲しいと思い、当時『自分で作って自分で買う奴はおまえくらいだ』と言われたが、自信は有った。
Trackも所有していて、Electoneの様にKeyboardを並べてConcertはしていた。全てPro用JUPITERだった。
YAMAHAでも、6-OperatorのTG-77は作った。その8-Operator版が、YAMAHA-Electoneだ
技術者としても日の目は拝まなかった。当時の教授らに『あんな中国の原始的な奴に習うな』と言われ、中国送りにもされた
ただ、トラックを持っていてElectone奏者としてコンサートはしてきた
コロナ不況明け、AnalogSynthesizerModuleに何故人気があるのかは解らない
もう、昔の部品はほとんど手に入らないだろう
海外Synthesizerが人気のようだが・・・
Digital・Synthesizerの方がCompactで迫力は有ると思う
何故今に成って、1970年代頃のAnalog・Synthesizer・Moduleに人気があるのだろう
それも『Rock』に使うのでは無く『Classic』に、また、何故、Baroque音楽を選んだりするのだろうか?
何が魅力なのだろう、あの原始的な仕掛けに?